
仕事を納めてからというもの、遅くまで寝られることが嬉しくてついだらだらと過ごしてしまった。大晦日の今日こそは、と強い意志を持って大掃除を決意する。まず、引っ越して以来開けずに押入れへ突っ込んだダンボールだ。「あとでやればいいや」と思って早一年。今日やらなければ、きっとこれからもそのままだろう。
何が入ってたっけな、と思いながら箱を開けると、昔つけていた手帳がどさっと入っていた。うわあ、懐かしい。ぱらぱらとめくると、身に覚えのないメモが残っていたり、久しく会っていない友だちとの予定が書かれていたり、今の自分じゃない自分がそこにいるみたいで不思議だ。
何分経っただろうか。指先がすっかり冷えているのにページをめくる手を止められずにいると、「こんな暗いところで何やってんの」と雪乃の声がする。「今何時?」と聞く前に、日の傾きから1時間以上は経っていることを察した。
彼女とはルームシェアをし始めて一年が経とうとしている。高校の同級生で、大人になってからも連絡は取り合っていたけれど、まさか一緒に住むなんて出会った当時は想像もしていなかった。
「大掃除しようとしたら昔の手帳見つけちゃってさ」
「手帳とか漫画とかは掃除のときに触れたら沼だよ」
「そうだよねえ」
よっこらしょ、と立ち上がり「お風呂から掃除することにします」と宣言して浴室へ向かった。雪乃がキッチンを掃除し、リビングは二人で分担し合った。
ある程度綺麗になった頃にはいつもの夕飯の時間を過ぎており、慌てて二人でスーパーへ買い出しに向かう。スーパーには普段は置いていない年末年始らしい食材がぎっしりと並んでいた。雪乃は栗きんとんを手に取りながら、私の方を向く。
「おせちってさ、神様をおもてなしするための料理らしいよ」
「そうなの?じゃあ食べちゃまずくない?」
「でも日本では昔から神様と食事を一緒にする、っていう考えがあるんだって」
そんなの聞いたことなかった。雪乃は時々本当みたいな冗談を言うことがあるけれど、今回は本当のようだ。
「おせちの中身ひとつひとつにも意味が込められてるとかね。まあ、あたしらはお金ないから栗きんとんだけ買っとこ」
「きんとんの『きん』は『金』なんでしょう」
「お、よく分かってんじゃん」
お金に関してはやたらと知識のある雪乃のことだから、そうだと思ったのだ。そのあと蕎麦と天ぷらを見つけて会計し、早足で自宅へと戻った。
早速蕎麦を茹でようとすると、雪乃が「え、年越しそばって年越す瞬間に食べるんじゃなかったっけ」と驚いている。「うちでは紅白見ながら食べてたよ」と私が返すと、「まあ消化時間込みで考えれば年越しではあるか」と謎の答えが返ってきた。こういうとき、誰かと住むことは異文化交流だなあ、としみじみ思う。
蕎麦を食べて、お茶を飲んで、お風呂に入って、とやることをこなしているうちに時計を見ていなかったことに気づいた。
「うわっ、やば、雪乃今何時?!」
「あ、00時00分なってたわ」
「うそ!飛ばなきゃ!」
「飛んでも地球にはいるから」
ゴーン、とテレビの奥から除夜の鐘が鳴り響く。また、いつのまにか年を越してしまった。次の年末こそは、落ち着いて新年を迎えたい。これが今年のひとつめの目標だ。
清らかな心で新たな年に思いを馳せていると、雪乃が「栗きんとん食べよっと」とさっき買ってきた唯一のおせち(の中身)を、まるでお風呂上がりに食べるアイスのようにつまみ始めた。「夜中に食べる甘いものが一番おいしいね」と笑ってこちらを見るので、つられて私も栗きんとんを口いっぱいに運んだ。
文=ひらいめぐみ・編集=山越栞
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