「ここ、いつからですか?」
記念すべき最初のお客様は、私と同年代のように見える、小柄な女のひとだった。
「今日からなんです」
さらりと言ってみたもののプレッシャーにならないかと不安になったけれど、「へぇ」と小さく微笑んだだけで、その人は棚に並ぶ焼き菓子に視線を移していった。
こういうときは、自分からいろいろと話しかけた方がいいのだろうか。想像上ではもっとスマートに、にこやかに、小さなお店の優しげな店主として振る舞っているはずだったのに。変に気をまわしすぎて結局相手に何も伝えられないのは、昔からの悪い癖だ。
小さい頃は「静かな子だね」と周りの大人に言われることも多く、黙ったまま少しの憤りを感じていた。私の頭のなかはいつだって騒がしくあれこれ考えては混乱してばかりいるのに、言葉にしなければ、形として人に伝わるものにしなければ、いくら自分の中で繰り返していても、この世に存在していないのと同じになってしまう。だから。
「あの、よかったらおひとついかがですか?」
今日来てくれたお客さんに感謝の気持ちを伝えたくて、特別につくったメレンゲのお菓子を差し出した。
−続く
文・編集 = 山越栞