
駅から歩いて10分弱の、このアパートに越してきたのが一昨年のこと。
更新せずにそろそろ引っ越そうかな、なんて思っていたのだけど、なんやかやでそれどころではなくなってしまった。
職場への通勤を最優先に考えて選んだ街。朝の通勤ラッシュでもちゃんと座れるというのが不動産屋の売り文句だった。
あのころは、通勤せずに仕事をする日々が来るなんて考えもしなかったもんな。
ちょっと矛盾しているかもしれないれど、家にいる時間が増えたことは、発見の連続だった。
家から歩ける範囲に昔ながらの商店街があることを知って、お肉屋さんの分厚いハムカツに感動したり、初めてお豆腐屋さんでお豆腐を買おうと思って、店の奥にいるおじいちゃんに大声で「すみませーん!」と言ったりした。
モッコウバラが咲き誇る素敵なお宅を見つけ、「私もいつか」と妄想しながら今はサボテンを育てている。
それから、午後3時になると、アパートのすぐそばを毎日飛行機が通りすぎることも初めて知った。
これがそのうち、私にとって「おやつの合図」になった。
ゴオオオオオオ
と頭の上が騒がしくなると、「あらこんな時間」とキッチンに向かい、やかんを火にかける。
オンラインミーティングの時間が被ってしまうとちょっと厄介だけど、先輩に「どこいんの?」と笑われたのもいい思い出だ。
なかなか人に会えない間にダイエットをして「きれいになったね!」と言われるのが目標だったのに、残念なことに逆に3kgくらい太って戻らないままだ。つらい。でもおやつは不可避だし。
ダイエット動画を観ながら、床がドンドン鳴らないように跳んだりはねたりしていた日々は全然続かなかったのに、飛行機が騒がしくなったらおやつタイム、という習慣はちゃっかり根付いてしまっている。
真っ赤なリップもうるつやグロスもいまは引き出しの中。
私のお城の中で、私は飛行機の音と一緒に幸せを頬張るの。
文=山越栞