
キャンディー型に結ばれた包装紙の端を引っ張って、中身を取り出す。
しびれるような甘さ、ほろほろと溶ける食感。うたた寝の最中に見る淡い夢の残像を追いかけるように、またひとつ食べてしまう。
ミルクファッジを教えてくれたあの子は、今も元気にしているだろうか。
*
桜子は、人見知りで友だちの少ないわたしとは反対に、とにかく何にも臆さない、強くてパワフルな性格だった。
そして、嘘をつくのが上手な女の子だった。
「うずらの卵って恐竜の卵っぽく見えない?実はうずらの祖先が恐竜だからなんだ」
「あそこの家がでかいのは、おじいさんが宝くじで2億円を当てたからって知ってた?」
桜子の嘘はきまってあまり実害のないもので、大人になってふと気づいては、彼女のことを思い出す。
わたしと桜子の家は歩いて5分くらいの同じ学区にあり、幼稚園に通っているころからずっと一緒だった。
4年生になると初めて同じクラスになり、模造紙で紙飛行機をつくってふたりで先生に怒られたり、体育のドッヂボールでいつも逃げ回っていたわたしにボールを回してくれたりした。
桜子はそうやって、外の世界を広げてくれたのだった。
「あたし、きっと日本で初の女性総理大臣になる。すみれのことはナントカ大臣に任命するからよろしく」
ある日、彼女はランドセルの肩紐をきゅっと手で握りながら、いつもの帰り道の途中で突然宣言をした。
総理大臣にどうやったらなれるのか分からなかったけれど、桜子ならなれる気がする。
無責任な響きにならないように「じゃあわたしもちゃんと勉強するね」と返した。
政治を理解するにはまだ幼かったはずだけれど、あのときの桜子の言葉は嘘ではなかったと思う。
強くてショベルカーのようにパワフルで、まっすぐで、わたしにとって憧れの女の子だったのだ。
来月から高学年で、なんだか急にお姉さんになるんだなとそわそわしていた3月下旬。
「桜子とまた同じクラスになれるかなあ」と言うと、初めて沈んだ表情を見せた。
「すみれとは一緒に5年生になれない」
「どういうこと?」
「父さんの仕事で海外に引っ越すことになって」
小学生になってからのわたしたちには、『転校』というイベントによく出くわした。昨日まで一緒に遊んでいた友だちとのお別れが急にやってくる。
友だちの多い桜子はその度にわんわんと泣いて、わたしはいつも慰め役だった。
その桜子が、転校してしまうなんて想像もしていなかった。
言葉にすると本当だと実感してしまうのが悲しくて、ぎりぎりまで言い出せなかったそうだ。「ごめん」と彼女は謝った。
最後の日、桜子はじめじめした雰囲気を一切出さず、あっけらかんとした表情で「またな!」と手を差し出した。
それが桜子らしいな、と思って彼女の右手をぎゅっと握った。
「これ、昨日つくるの大変だったんだけど、すみれには特別にあげるよ」
がさごそとポケットから小さな箱を取り出し、わたしの手を開かせ、その上に乗せる。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん」
真っ白な箱を開くと、乳白色の包み紙にキャラメルのような何かが入っている。
「これ、なあに?」
「ミルクファッジっていうやつ。キャラメルを漂白剤につけるとこういう色になるんだ。結構それが難しくてさ」
「へえ。そうなんだ。食べるのたのしみ」
漂白剤につけるなんて、そのときはさすがに嘘だと分かったけど、きっと彼女なりの配慮だったんだろう。
最後の最後までいつも通りに接しよう、と。
「手紙書くからなー!」
桜子は、車の窓の外に上半身を出しながら、小さくなるまでわたしに手を振った。
何度か海外からのエアメールが届き、やりとりを交わしたものの、今では連絡をとる機会もない。
だけど、彼女に教えてもらったことは数えきれないほどある。
*
ニュースから今年の桜の開花予想が流れている。幼い頃の春を思い出しながら、あとひとつだけ、と袋に入った一粒に手を伸ばした。
文=ひらいめぐみ 編集=山越栞