
「なぁ、歯が抜けたらさ、取っておく派?それともどっかに投げる派?」
「…は?」
「そう、歯。奥歯でも前歯でも」
「いやそっちの歯じゃないから。驚きと確認の意を表す、は?だわ」
「辞書みたいな説明をするんじゃないよ」
「なんなんだよお前。ていうかなんでいるんだよ」
夢枕に、13年前に急死したはずの親友、圭佑が現れた。生きていれば今年は自分と同じ36歳。だが相手は23歳の
ままで心身ともに止まっているので、当時と変わらずに馬鹿みたいな問を投げかけてくる。
いや、精神年齢で言えば小学生くらいかもしれない。とにかくあの頃のままの親友だった。
死んだ人と夢で話すのは何か悪い兆候なのではと不安になるが、かといって無視できるかといえば、答えはノーだ。
20代前半の僕らはとにかく暇を持て余していて、金はないけど時間だけはある日々を、ひたすら雑談しながら生き
ていた。そのなかで圭佑が考案したのが、この「あなたはどっち派ゲーム」だ。ルールは簡単かつ粗雑で、「どっち派?」
という会話をひたすら続け、面白いテーマを考えたほうが勝ち。思い返すほどにくだらないが、なんだかんだで今よりずっと自由で、世の中のだいたいのことはどうにでもなると思えていた。
「カラオケでさ、Ah- とか yeah- とかの部分あるじゃん?あれ歌う派?」
そもそも大学に入学したばかりの頃、僕らが仲良くなった最初の会話がこれだったのだ。「その部分を歌いたくな
いから誰かに話しかけてごまかすよね」という意見で一致し、その後2人で授業をサボってカラオケに行ったものの、
肝心のAh- 部分がある曲がひとつも出てこなかったのもいい思い出だ。まぁ、そんなことよりも。
「なぁ圭佑、久しぶりなんだからもっと話すことがあるだろ」
しかし、夢枕の親友はあまり饒舌ではなさそうだ。
とはいえ夢なのだから、目の前の親友は自分の潜在意識か何かが映し出した存在なのかもしれない。きっと会い
たかったのだ。彼に。
「お前ふざけんなよ。勝手にいなくなって。こちとら今も前途多難な大人を生きてるんだわ」
「・・・」
不謹慎かもしれないが、僕はずっと圭佑のことを「早くあがれた奴」と思ってきた。人生ゲームでもマリオカートでも、早くゴールに着いて競争を終えた人に軍配があがるから。だったらあいつは勝者だ。
長く居続けたほうが勝ちなんて、昔2人で通ったサウナで我慢対決をしたときくらいじゃないか。
そうでも思わないと、これからも折に触れて付き合っていくはずだった親友の不在を認めることができなかったの
かもしれない。
赤提灯のぶら下がる居酒屋で互いの上司の愚痴を言い合いたかったし、結婚式の友人代表スピーチもお願いし
たかった。寂しいなんて単純な言葉では説明しきれない感情が、ここのところ特に、心の奥底にずっとある。
「なぁ、ピースオブケイクの意味ってわかる?」
―と、言われたところで目覚めてしまった。
夢ってこわい。しかも亡き親友の言葉だと思うと、余計にこわい。なにかのメッセージなんだろうか。
ピースオブケイク。お前ならどうにでもなるだろってこと?
時計を見ると朝の7時になっていた。ダイニングキッチンのほうから、香ばしい匂いが届く。妻がコーヒーでも淹れてくれているのだろう。
ひとまず起きようかとベッドから降りながらふと思った。
…朝飯前?
わざわざ夢にまで出てきて、そんなくだらない謎掛けをしてきたならまじで殺す。死んでるけど。
どうせ今日は在宅勤務だ。ゆっくり朝ごはんを食べながら、このことを妻に話してみよう。友よ、今日も世界は少しさびしくて、なんだかんだで愛おしい。
文=山越栞