
ロマンある香りの世界
香りの世界は奥深く、ロマンにあふれています。古くから神聖な場で用いられてきた香りは、人類の歴史と共にあらゆる用途や効能、仕組みが発見されてきました。ここではそんな、深淵なる香りの世界へとお誘いします。
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進化の過程で取り残された嗅覚
「鼻の動物」と呼ばれるほど嗅覚が発達している哺乳類の中でも、霊長類の嗅覚は進化の過程で取り残された感覚と言われ、鼻の機能は他の哺乳類に比べて低くなっている。一方で、だからこそ人間の嗅覚も本能と結びついていると考えられ、五感において未解明が多い部分でもある。
女王クレオパトラは花の香りに包まれて眠った
古代エジプトの女王クレオパトラは、深い眠りがほしいときにはバラの花びらでベッドを満たしたと言われている。また、疲れを癒やしたいときはラベンダー、ローズマリー、マジョラムなども用いたとも伝えられている。
香りのイメージを表す「ノート」は音楽用語
「フローラル・ノート」や「シトラス・ノート」など、その香料がどんな香りなのかを表す「香調」には、もともとは楽器の音や旋律を表す「ノート(note)」という言葉が使われている。調香師などの専門家が、お互いに香りのイメージを共有するための表現方法。
実証済みの香りによる健康効果
「良薬は口に苦し」と言うけれど、香りに関しては心地よいと感じるものを選んで身近におくのが吉。1980年頃から始まった「アロマコロジー」の研究から、香りには疲労感の軽減や睡眠改善、鎮静・覚醒、ストレスの緩和、免疫機能の調節、皮膚機能の改善などの効用があることが明らかになっている。
同じ香水をつけても人によって香りが変わる
人の肌は、水分の量や皮脂の要素、肌に含まれるアミノ酸の量や成分が個々に異なっている。そのため同じ香水をつけても、香料に含まれる香りの物質との相互作用によって成分の揮発速度が異なり、香り立ちが変わるという仕組みに。
幽玄微妙な日本文化「香道」の世界
高価な香木を焚いて、素朴なその香りのなかに美学を見出した香道は、鎌倉時代の末期に生まれた日本文化。香りを「嗅ぐ」ではなく「聞く」と表現する。いくつかのお香を聞き、その香りを当てるという優雅な遊び(組香)なども現代に受け継がれている。
「におい」を表す多様なことばたち
「におい」を表す漢字だけでも、薫・芳・香・馨・匂・馥・臭といった様々なものがある。これは上手く言語化することが難しい感覚を表現するためにできたもので、それぞれニュアンスの違った意味合いを持つ。古今の日本文学には美しく秀逸な「におい」の表現が溢れており、それらを堪能する楽しさも。
もっと奥深い香りの世界を知りたい方はこちら
資生堂で長年研究生活を送ってきた調香師(パフューマー)の中村祥二氏による、「香りの世界」への道案内的エッセイ。植物やスパイスの香り、歴史人物と香りの関係、文学や美術史で語られる香り、香水作りの背景、香りの科学的仕組みなど「香りのことはこれですべて分かる」と言われる一冊です。

中村祥二『調香師の手帖 香りの世界をさぐる』(朝日文庫)