2021.09.17

【STORY】ハッピーアイスクリーム

スナックミー

 指定の場所は、こじんまりしたレストランだった。「すみません、急にご連絡してしまって」と頭を下げる長峰さんの柔和な物腰から、悪い人ではないことが伺える。一週間前、取引先の担当者から「部下が込み入った話があるらしく、どうしても会ってやってほしい」とメールが送られてきた。

一度名刺交換をしただけの間柄である長峰さんからどうして呼び出されたのか、思い当たる節がなかった。

「それで、今日お呼び立てしたのは西田薫のことなんです」

 懐かしい名前が突然耳に飛び込んできたことに動揺し、思わず右手のグラスが揺れた。少しこぼれた炭酸水が、テーブルクロスに小さな染みを作る。

薫ちゃんは中学時代、いちばんの親友だった。

 流行に疎い私と、教室で友達に囲まれながらコスメや最近話題のアーティストの話をしている薫ちゃん。そんな交わる接点も持たないような私たちが一緒にいたのは、単純に部活が一緒だったからだ。小学生の頃からバスケをやっていたのは私と薫ちゃんの二人だけで、自然と同級生の間では頼られるようになっていった。

 一個上の先輩たちの引退が迫る7月、薫ちゃんと私は顧問の先生に呼び出された。

「西田か浅井のどちらが部長になるか話し合っておいてほしい」

部長は、当然薫ちゃんだろうと思っていた。

「先生、それなら……」話し合うまでもなく、もうこの場で決めてしまいたかった。

「「部長はできません」」

私と薫ちゃんの声が響いたのはほぼ同時だった。私が呆気にとられていると、彼女は「部長は優子じゃないと務まらないので」と続けた。

何でそんなにきっぱりと部長はやらないと言うのか、理解できなかった。目立つことは嫌いではないはずだし、他のチームメイトだって満場一致で薫ちゃんを選ぶはずだ。

慌てて彼女を職員室から引っ張り出して説得するも、頑なに首を縦に振ろうとしない。

「さっきハッピーアイスクリームって言うの忘れちゃった」

宙を見つめながらぼそっと呟くと、「キャプテンよろしくね」と薫ちゃんは私の左肩を小突いた。

 結果、現役最後の試合で県内ベスト8の成績を収めた。部長をやっていたことが内申点につながり、私は推薦で一足早く受験が終わった。一方薫ちゃんは、一般入試組のクラスメイトと受験対策に日々勤しんでいた。卒業し、いよいよ接点がまるっきりなくなると、自然と音信不通になった。

「薫って強情なところありますよね。住所も分からないのに絶対に届けるんだって、浅井さん宛てに用意してたんですよ」

目の前に差し出された二つ折りの厚い型紙の上には、箔押しで“Wedding”と書かれている。中を開くと、薫ちゃんの名前と、いま私の目の前にいる彼の名前が並んでいた。

*

純白のドレスに身を包む姿は見違えるほど美しかったけれど、名前を呼んだときに見せた笑顔を見て、私の知ってる薫ちゃんだ、とほっとする。

「おめでとう」と「久しぶり」のどちらから言うか迷っていると、

「「元気だった?」」と二人の声が重なった。

「優子が言って」

「……ハッピーアイスクリーム?」

あのとき私言いそびれちゃったんだよね、と薫ちゃんがくすぐったそうに笑う。

「幸せになってよ」

「それ、今日私が薫ちゃんに言う台詞じゃん」

言いたかったこと、言えなかったこと。部長は大変だったけど、薫ちゃんの存在に何度も助けられたこと。本当は引退した後も、卒業した後も話したかったことがいっぱいあったこと。

「ハッピーアイスクリームって先に言った方に、良いことがあるんだよ」

そうやってまた譲らないでよ。今日くらい、薫ちゃんが一番幸せになってよ。

「違うって。先に言った人にアイス奢るんだよ」

声が震えて、思いのほかうわずってしまう。胸の奥がじんと熱くなり、思わず上を向く。コーンに乗った溶けかけのアイスのように、私の瞳から一筋の涙が落ちた。

文=ひらいめぐみ・編集=山越栞

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