
「お元気ですか?」
と、最初に書き出してみて、そうかぁと下を向いてしまう。わたしは、あなたが元気でいるのかどうかも分からない母親なのね。
地元で採れた野菜を送って欲しいと息子から連絡が来たのは、1週間前のこと。
家を離れてから何度も仕送りをしてきたけれど、野菜を頼まれたのは初めてだ。良いことなのに何となく不安になる。
横でテレビを観ていた夫に「ねぇ」とスマホの画面を見せると、
「まぁきっと、彼女でもできたんだよ」
と、のん気に返して再びテレビに視線を戻した。心配性な私と、おおらかな夫。こんなとき、息子は夫の方に似て良かったと心から思う。
段ボール箱の中身は、ご近所さんから貰った秋の味覚だけでは物足りず、直売所へ買い足しに出かけた。旬の食べ物は身体に良いと聞くので、あれもこれも、と手を伸ばすうちに、買い物カゴはいっぱいになっていく。
実際に詰め込んでみるとさすがに全部は入らず、いくつかの野菜は夫と私が家で2人、ひっそりと消化せざるを得なくなった。
「いくらなんでも、あいつにコレを調理させるのはハードル高いんじゃないか?」
段ボールからあぶれてしまったまん丸のかぼちゃを手に取って、仕事から帰宅したばかりの夫が笑った。
「そうなんだけどねぇ。」
息子も夫も忘れているだろうけど、かぼちゃはわたしにとっては大事な思い出が詰まった野菜なのだ。
息子が小学校に上がったばかりの頃、働き盛りだった私は、家を留守にすることが多かった。
ちゃんと「お母さん」をやらなきゃと思う自分と、やっと仕事で認めてもらえるようになった今を無駄にしたくないという気持ちが、いつもせめぎ合っては喧嘩をしている時期だった。
出張で数日間家を離れることになったのは、ちょうど今と同じ季節のこと。せめて母親らしいことをしておこうと、息子と夫が寝ている間にかぼちゃのクッキーを焼いて、翌朝早くに家を出た。ラップを掛けたクッキーの皿の上には「いい子にしていてね」とメッセージを添えて。
その夜、困ったような声の夫から電話を受けたとき、最初は何を言われているのか意味が分からなかった。「ママにとって僕は悪い子なのかな」と、泣き出してしまったという。
息子は「いい子にしていてね」という私のメッセージを深く読み取り、まるで自分がいい子ではないと言われているように感じてしまったのだ。
「やってしまった」と思った。善意で残した置き手紙は、「母親業も仕事も両立している自分を認めてほしい」と主張していただけなのかもしれない。このときのズキンと響く胸の痛みは、今でも覚えている。
良かれと思ったひとことでさえ、知らぬ間に大事な人を傷つけているのだと。
あれから20年ほど経った今、こうして息子にメッセージを書くのは久しぶりだ。これまでは年に一度は帰省してくれていたから、仕送りにわざわざメッセージを添えるのはしつこいかな、なんて思っていたのに。ここのところは私たちを気遣って帰省を控えている。
「お元気ですか?」
その先の言葉に迷う。「あなたらしくいてね」「こちらは元気にやっています」「早く会いたいな」書きたいことは思いつくけれど、なんだかどれも違う気がした。言葉は時に不自由で困る。
苦し紛れに、「かぼちゃクッキー作ったら食べる?それなら送るよ」と、LINEでもいいような文面を添える羽目になってしまった。
文=山越栞