
窓から伝わる冷気を感じて、目覚ましのアラームが鳴るよりも早く起きてしまった。女一人暮らし1DKの間取りは、どう考えても窓際にベッドを配置するしかなく、冬が近づくと毎年引越しが頭をよぎる。
カーテンをそっとめくると、ガラス面の結露と目が合ってしまって、寒さが苦手な千代子はひとまず見なかったことにした。毛布に覆われていなかった頭頂部だけが冷たい。
iPhoneのデジタル時計は7:10を示している。まだ寝られる。そう思うのに、指先は思考回路を通さずTwitterのアイコンに触れ、そのままスクロールをはじめる。
最近ひっそり推している彼の意味深ツイートに「こういうことつぶやく感じなんだ」と寝ぼけ眼で一瞥したら、そのままInstagramへ。そうこうしていたら8時だ。今日もそうやって二度寝を逃す。
枕元に置いたエアコンのスイッチを押し、部屋があたたまるまで布団の中で過ごす猶予を自分に与えてあげた。
「アレクサ、冬の歌をかけて」と、スピーカーに呼びかけると、マライア・キャリーの幸せに満ちた歌声が、メロディラインに乗って流れ出した。
寒いのは大嫌いだけれど、この時期の、幸福のある街や音楽は大好き。ようやくあたたまってきた部屋のカーテンを開けると、高く澄んだ青空が見えた。
裸足でフローリングに降り立ち、なるべく地面に触れないよう、つま先立ちで走ってヤカンを火にかける。お湯が沸くまでの数分間が、洗顔と寝癖直しをするタイムリミット。とはいえ沸騰して湯気が出ていても、部屋の加湿にもなるので多少は許容範囲ということにしている。
コンロの上に備え付けられた小さな戸棚は、千代子の宝箱だ。
おしゃれなカフェで背伸びして買ったコーヒー豆に、あまり親しくない同僚から誕生日に贈られたハーブティー、結婚式の引出物に入っていた紅茶、実家から掘り出してきた中国茶に、去年から使い切れていないままのココアパウダー。
今日はどれを飲もうかな。マグカップを出してから、思いつきで選ぶのが楽しさのコツなのだ。あたたかい飲み物のレパートリーは、特に自分が買い揃えようと思っていなくても、不思議と集まってくるから面白い。
寒いのは大嫌い。だけど、お湯を沸かして、戸棚を開けると、ひとりぼっちで生きてるわけじゃないと毎朝思い出せるから、冬は大好き。
文=山越栞
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