2022.01.18

【STORY】パン、パン

スナックミー

朝なのにうす暗く、寒々とした階段を、二人で黙々とのぼる。

「は~!つかれた!」「運動不足かもなぁ」

お正月で見事に増量した身体とはうらはらに、軽快な弱音が白い息とともに漏れ出した。

吉田さんと会うのは、12月の忘年会ぶりだ。年が明けて「どうしてるかな」と思っていたところに、「初詣でも行きませんか?」と連絡が来たのは4日前のこと。

「もうとっくに松の内も過ぎてますよ」なんて可愛げのない返しをしてしまったけれど、スマホを持ったまま小さなガッツポーズをしてしまったのは、誰にも言わないことにしている。

「律子さん、ほらあと10段くらいです!」

古臭くてあまり好きではない自分の名前も、吉田さんボイスで再生されると、なんだか悪くないような気がしてくるから不思議だ。

去年の秋、自宅から三駅ほどの繁華街にある横丁の飲み屋で、常連同士として知り合った私たち。家が近所だと判明してからというもの、たまにこんなデート(なのかな?)をするようになった。

溌剌としている吉田さんは、いつもパン屋さんみたいな白いシャツを着ていて、年齢不詳だ。明らかに私よりも上なのだけど、絶対に「律子さん」と呼び、敬語のスタンスを一切変えることがない。それがちょっと切なくて、でもその丁寧さがチャーミングなんだよなぁと、自分も自分でもういい歳なのに、モヤモヤと感情を掻き乱されてしまっている。

「ずっと気になってたんです。やっと来られてよかったよかった」

2人の家から歩くと、それぞれちょうど同じくらいの位置にあるこの神社は、信じられないほど長い階段の上にある。たしかにこれは、初詣でもないと上ってくる気にはなれないだろうなぁと思いながら、息を整えて、境内の前に
並んで立った。

パン、パン

吉田さんがあまりにも見本みたいな音で手を叩くので、思わず横を見てしまった。けれど気にする様子もなく、静かに隣で目を閉じて、手を合わせた。慌てて私もそれに倣う。

こういう時に何を祈ればいいのか、いつも分からなくなる。

神さまに頼ってどうにかなるのであれば、お願いしたいことなんて山ほどある。だけどただお願いするのも違う気がして、「どうぞお見守りください。今年もよろしくお願いします」と、なんの面白みもないことを脳内で呟いて終わりにしてしまうのが常なのだ。

そうして目を開けると、吉田さんはまだ手を合わせていた。

口角が自然に上がった横顔。「この人にはずっと幸せでいてほしいな」なんてふと思い、じゃあそれを今さっき神様にお祈りすればよかったのかも、なんてぼんやり考えているうちに、突然ピシッと一礼した吉田さんが「ミッションコンプリートです」と微笑んだ。

「あんなに長い間、何を願っていたんですか?」

「律子さん、それを聞くのは野暮ってもんですよ。それより、そろそろお正月の和食にも飽きたでしょう?ブランチに、おいしいパンでも食べませんか?」

ダイエットしようと思ってたんだけどな。ひんやりとした空気の中、ふいに差し込んだ陽射しに柔らかさを感じた。

文・編集=山越栞

この記事をシェアする

スナックミー

おいしいマルシェおやつとワクワクを詰め込んでハッピーなおやつ体験をお届けします。