2022.02.10

【STORY】秘密のコレクション

スナックミー

 娘が最近、やたらと「家の手伝いとかしたらお小遣い上がる?」「◯◯ちゃんは毎月××円もらっているらしいよ」などと遠回しにお小遣いアップの交渉をしてくる。たしかに高校に上がってからというもの、中学の友だちとの付き合いも続けながら、新たに高校でクラスメイトや部活仲間との関係性もでき、交際費が以前よりも必要になっているのかもしれない。

 ただ、部活のない放課後を派手に遊んで過ごしているかと思えばそうでもなく、ほとんどの連絡が「今日は友だちとカフェで勉強してから帰るね」なのだ。休みの日も同様で、あまりにも「カフェで勉強する」という報告が多いので、「図書館とか学校ではやらないの?」と聞いたことがあった。すると、「そういう場所は大体3年生が毎日決まった場所に座ってるから、1年生のあたしたちが入れる雰囲気じゃないんだよね」と言う。

 とはいえ、進学してからも勉強熱心であることは、母としては安心だ。窓の外を見ると、17時過ぎでも少しだけ空が明るい。まだまだ頬に当たる風は冷たいけれど、日が長くなっていることが、着実に春へと向かっていると教えてくれる。

 「ただいまあ」と玄関から娘の声が聞こえ、慌ててスマホに連絡がきていなかったことを確かめる。「迎えに行くって言ったのに」と靴紐を解く彼女の背中に向かって言うと、「ごめんごめん、まゆちゃんのお母さんが送ってくれたんだよ」と答えた。ああ、それならまゆちゃんのお母さんにお礼を言わないと。小さい頃は必要ないことまであれこれ報告してくれていたのに。こういうことが増えていくたび、いつのまにか大人に近づいているんだな、と思う。

「そうだ、ノートなくなったから買いにいかなきゃ。今週末あそこのショッピングモール行きたい」

「いいけど、学校の近くでも買えるんじゃない? その分お小遣い渡すよ」

「このノートがいいの」

 そう言ってカバンから取り出したのは、カフェのテイクアウトカップに貼られているシールがびっしり並んだノートの表紙だった。

 「?」と目を凝らしていると、「あっ!」と娘の驚く声が聞こえる。なるほど……。

「もしかして、このシール集めたくてカフェに通ってたんでしょう」

「で、でも勉強してたのは本当だよ……!」

 カフェでドリンクを頼むと、注文した商品名が書かれたシールが、スリーブに貼られる。彼女はきっと、それを集めるのが楽しくて(もちろん勉強もしていたのかもしれないけれど)、頻繁に通っていたのだ。そのカフェはたしかに他のお店より一杯の値段がちょっと高い。毎日通うにはお小遣いが足りない。だからやんわりとお小遣いを上げてもらえないかと打診してきたのだ。

 でも、娘のノートを見て責める気持ちよりも先に、自身の学生時代のことを思い出した。私たちが高校生の頃は、ミルクティーの紙パックに貼っている細長いシールを集めるのが流行っていて、シール欲しさにそのパックジュースを買っている子もいたものだ。かくいう私もその一人で、机にそのコレクションを貼っていたものだから、ある日先生に見つかって怒られた。

 「頼んだドリンクの名前とか見ると、この日はあの子とこんな話しながら宿題やったな、とか思い出して、励みになるんだよね。それにこのノートの表紙が一番このシール貼りやすくて」と、ちょっと苦笑いしながら白状する娘の顔は、若い時の私とよく似た顔をしていた。

 「悪いことしてるわけじゃないんだから怒らないよ。それにしてもよく集めたね、こんなに」と言葉を返す。すると娘は「あそこ、ドーナツもおいしいから……」と、今度は安心しきった顔で笑った。一枚のシールが示すその日の注文内容が、娘にとっては大切な記録になっているんだろう。

 何でもない身近なものにときめきを見出せる、柔らかな感性を持った彼女のことを尊重したい気持ちもありつつ、お小遣いアップの件はどうしようかしら、とふたたび頭を悩ませた。


文=ひらいめぐみ・編集=山越栞

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