2021.03.19

【STORY】ココアフレンド

スナックミー

 ある日、聖母マリア(みたいな人)が私の枕元に立って、こう言った。

「石田くんと同じ大学に合格させてあげましょう。ただし、一度でも”好き”と言ってはいけません。そうなれば、あなたの未来はさんざんでしょう」

 これが、ちょうど去年の今頃だった。ある意味悪夢である。

 だけどその3ヶ月後、驚くべきことに私と石田くんは晴れて第一志望の同じ大学に合格してしまった。そして更に驚くべきことに、一般教養の授業で同じ教室の同じ班になったのだ。

聖母マリア(的な人)、恐るべしである。

 石田くんを慕うようになったきっかけは、高校3年生の夏だった。

 その年、彼が部長を務めるバスケ部は、うちの高校では前代未聞のインターハイ出場を果たした。

蒸し暑い体育館で開かれた壮行会で、彼は言う。

「インターハイは、僕らにとって夢の舞台でした。うれしいです。頑張ってきます」

 でも私は知っていた。当時のバスケ部で最初からインターハイに行きたかったのは、石田くんただ一人だったはずだ。

顧問の田中先生は私たちのクラスの担任で、なぜかときどき弱音みたいなのを聞いてあげていたくらいだ。

でも、石田くんは躊躇うことなく「僕ら」と言った。そこがよかった。

「みんなで」という意識を忘れない、素晴らしいリーダーだと思った。

 バスケ部の部長なんて地位がある時点で彼はそこそこモテていたけれど、私はそんな、俗に言う彼のスペックに惚れたわけではない。

だから、私は私が石田くんを好きになった理由を「とてもいい」と思った。
そして、「遅かった…」とも。
だって、私達はもうすぐこの高校を卒業してしまう。

 そんな折に、聖母マリア(ぽい人)の夢である。

 というわけで、奇跡が起きて「高校時代からの友達」というポジションを得た私は、「好き」と言えずにいま彼のそばにいる。

 小さい頃に読んだ『人魚姫』の物語に似ているなと思う。

 大好きな王子さまの側にいられるよう人間にしてもらった人魚姫は、代わりに「声」を失う。
そして悲しくも、最後には彼の幸せを願いながら海の泡沫となって消えてしまうのだ。

 聖母マリア(そろそろしつこいかもしれない)の言った「さんざん」の意味はわからないけれど、わからないからこそ怖い。

いっそのこと、「海の泡沫となって消えてしまう」と末路を教えてもらえるほうがましなんじゃないかとさえ思う。

 あれから一年。

 石田くんはやっぱり友達思いで、でもちょっと抜けていて、最近は私服もいい感じになってきた。

これから2年生になって、後輩ができて、可愛い女の子に告白されちゃったりするんだろうか。いやだなぁ。

 皮肉なことに、今日はバレンタインデー。

いつも通り授業のあとに一緒にコンビニに立ち寄った。
「今日はおごるよ」と言って買ってあげたホットココアに、ひと言つけ加えて渡してみる。

「いつも、ありがとう」

 ギリギリセーフだよね?

文=山越栞

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