2020.09.10

復興支援企画:あれから8年…

snaq me

みなさん、こんにちは。

『本物のわらび餅 手作りキット』以来の登場となる、取締役のみたむらです。

いつもスナックミーをご愛好賜り、本当にありがとうございます。

さて今日は3月11日・・・

8年前のあの日、みなさんはどこで、何をされていましたか?

この場をお借りして、少しだけみなさんにお伝えしたいことがあり、これを書いています。どうかお付き合いください。

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何もできなかった自分

8年前の僕は29歳、当時は大阪で旅行会社JTBの社員として法人営業職に就いていました。

忘れもしない、2011年3月11日は金曜日。僕は有給を取って、当時の彼女(今の奥さん)と小豆島(「二十四の瞳」で有名な香川県の小さな島)に旅行に来ていました。

※海がキレイな小豆島

14時46分。

フェリーで小豆島に到着し、車を運転していて揺れには一切気付きませんでした。

15時頃、「今すぐ海から離れなさい!」という母からの鬼気迫る電話を受けました。

そう言われても、360度海・・・どこ行けばいいんだよ・・・と思いながら、観光の予定を全て取りやめ、ホテルに直行しました。

部屋に入り、TVをつけ、事態の深刻さに気付くまで時間はかかりませんでした。

その後はクライアントから電話がひっきりなしにかかってきます。

「うちの社員が東京から帰ってこれなくなった。なんとかホテルを手配して欲しい!」

「昨日から仙台に職場旅行に行っている社員たちは無事か?」

などなど。

たくさんの「助けて欲しい」という連絡をいただきましたが、結局僕は何もできませんでした。ホテルも手配できなければ、社員さんの安否も分からない。

その時に感じた挫折感というか、自分の不甲斐なさは今でも悔しいほど覚えています。

困っている人がこれだけいるのに・・・

その後、大学院時代の仲間が立ち上げたHOPE FOR JAPANという復興支援関係のNPO法人に参画し、黄色いリストバンドを1個400円で販売し内360円を寄付するというボランティア活動をしたりもしましたが、何か違和感がある。

他人のアイデアにのっかってるだけで、自分から動き出したものではない、と。

3月11日、小豆島のホテルの1室で感じた、涙がでるほど悔しかったあの時の感情は、どれだけイエローバンドを売っても全然なくなりませんでした

いてもたってもいられなくなった僕は、2011年のGWに会社の先輩と大学院時代の仲間と一緒に直接東北に行くことを決めました。

ーーー

「私らの復興は、一生続く」

ホテルは仙台市内でしか取れず、毎日6時に起きレンタカーで2時間かけて福島県南相馬(確か原発から20kmくらいのところ)に向かい、夕方まで作業をし、夜クタクタになってホテルに戻ってくる、という生活を5日間続けました。

※災害センターに向かう車中から

まず朝、災害センターに到着するとボランティアスタッフは数名ずつのグループに分けられ、本日の派遣先を決められます。僕の場合は派遣先は個人のお宅で、津波で泥まみれになった自宅を家主と一緒にキレイに掃除する、という作業内容でした。あたりはコンビニも商店街も何もなくなった荒れ地だけど、無人の花屋だけはいたるところにあったのを鮮明に覚えています。

最後の1日だけは小学校の体育館で支援物資の品分けをしました。支援物資と偽って、ここぞとばかりにガラクタを送ってくるどうしようもない人間が世の中にいることも、その時に知りました。

4日目に派遣された立派な(といっても半壊状態)お宅のご主人、憔悴しきっている様子が見て取れました。幸いご家族は全員無事だったようですが、建てたばかりの家であったこと、愛犬が未だに行方不明であることを教えてくれました。

辛いながらも一生懸命泥まみれになりながら作業をしました。

最後に涙を流しながらご主人から言われた一言が未だに脳裏に焼き付いています。

「本当にありがとう。ただ、あなたはGWの期間だけだ。私らの復興は一生続く。どうか私らのことを忘れんで欲しい。」

誰にでもできる泥拾いでだって、これだけ喜んでくれる人がいる。支援はどういう形であってもいい。変に形にこだわっていた自分が恥ずかしくなりました。

と同時に、何かこれで達成感を感じてしまっていた自分を情けなくも感じました。

GWが終わっても、被災された方々の生活は何も変わらない。何も終わっていないんだと。

※災害センターで渡されるネームプレート

GWが明け、職場に復帰した僕は東北旅行をクライアントにとにかく提案しまくりました。

「今年の職場旅行ですが、東北がオススメです!」

「放射能が怖い?僕も添乗で行くから大丈夫ですよ!」

ハワイへの招待旅行を計画していたクライアントに東北縦断5日間の旅を提案した時はさすがに怒られましたが・・・・

念願叶って2011年11月、たくさんのお客さんを連れての東北二泊三日。旅館やバス会社と一度も値段交渉しなかったのは、後にも先にもあの時だけでした。

普段の倍近い件数のお土産物屋さんに寄るコース内容でしたが、ありがたいことに文句を言ってくる人は誰もいませんでした。(無茶なコースを設定した僕の想いを汲んでくれたあの時の幹事さんには本当に頭が上がりません)

3日間の旅の帰りの飛行機の中、クタクタになりながらもちょっとした充実感を感じることができました。

「自分の仕事で、旅行したお客さん、現地の旅館、バス会社、お土産物屋さんのスタッフさん・・・色んな人が喜んでくれる。自分はなんて幸せものなんだろう。」

ーーー

今の自分にできるコト

JTBを退職し、スナックミーを創業して、被災された方々に今の自分ができることは何か?

スナックミーはおやつを作って、お届けしている会社です。

やっぱりおやつで貢献したい!

現在、原料は東北産のものを使用し、製造をすべて東北で行う(おそらくスナックミーで初)という商品を企画しています。

スナックミーで人気の『おかき揚げ チーズ』、これに宮城県産のホヤを無添加で燻製して加えて『燻製ほやチーズおかき』として近日中に販売予定です。

本商品の収益の一部は、公益財団法人 東日本大震災復興支援財団を通じて被災された方々のために寄付します。

詳細は決まり次第告知いたしますので、乞うご期待ください。

そしていま、8年前、出逢ったあの時のご主人に伝えたい。

「忘れていませんよ」

これを読んでくれた方が、少しだけ、被災された方々の痛みに寄り添い、想いを馳せていただければ幸いです。

彼ら彼女らの復興は一生続くのですから。

株式会社スナックミー

取締役 三田村

※左上でスコップ持ってるのが僕


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