2021.11.02

気になるあのひとの、おやつ時間。|vol.2 能登 崇さん

snaq me

小さい頃、わくわくしながら楽しみに待っていたおやつの時間。駄菓子屋で悩んだ末いつも選べなかったおやつがあったこと、友だちと自分の家とで出てくるおやつが違うこと。 

でも、意外とその思い出を誰かと共有したことってないかもしれない。 

この連載では、今マグミー編集部が気になるあの人にインタビューをしながら、子どものときのおやつ時間についてもこっそりお話いただきます。 

第二回目は、「ない本」を作られている能登崇さんにお話を伺いました。能登さんは、Twitterで投稿された一枚の画像から、架空の文庫本を作る活動をされています。

まず、投稿された画像を元に表紙をデザインします。そこからインスピレーションを得て、今度はタイトルやあらすじを作ります。最後、文庫本のデザインに情報を落とし込むと、まるで存在するかのような文庫本のカバーが完成。

ずらりと本棚に並ぶこれらはすべて「ない本」。よく見ると作家も出版社も架空の名称になっています。

本来、本には本文がありますが、「ない本」には中身にあたる本文が存在しません。わたしたちは普段、中身を読みたくて本を手に取りますが、「ない本」にあるのは外側のカバーだけ。にもかかわらず、表紙のデザインや背表紙に書かれているあらすじを読むだけで「どんな話なんだろう?」と想像を掻き立てられます。そんな読みたくても読めない、「ない本」はどうやって生まれたのか。その不思議な魅力に迫ります。

読みたい気持ちを楽しむだけの「ない本」

――「ない本」は単刀直入に言うとどんな本でしょうか?

能登さん:この説明は何十回もしてるんですが、慣れてなくて(笑)。一言で言うと存在しない本の「ない」本ですね。カバーだけで、あたかもある本のように見せる、というフェイクのものなんです。「面白そうだけど読めない」というもどかしさというか、読みたい気持ちだけを楽しむものですね。

――たしかに実際に作られた「ない本」をtwitterで拝見したとき、表紙やあらすじを見ていると中身が気になって「読みたい!」と思いました。能登さんご自身子どもの頃から本が好きで、小説も書かれていたんですよね。

能登さん:小説を書き始めたのは大学1年の18、19歳のときですね。たぶん冬休みで暇だったのと、ちょうど失恋をして、ただただつらい時間を過ごしていたんです。そしたら突然「小説を書こう!」と思い立って。

――急に!

能登さん:何でだったかは分からないんですが……。それに失恋の小説を書くつもりでもなかったんですよね。失恋は話の起点としては取り入れましたが、ミステリー事件の話を書いたんです。それでミステリーの出版社の賞に出したら最終候補まで残って、そこから人生が狂いましたね(笑)。

――1作目で最終候補はすごいです!

能登さん:そのあと書いた長編でも最終候補まではいったのですが、5年ほどは編集担当者に新作を出してはダメ出しをもらっての繰り返しで、本を世に出すには至りませんでした。

「大喜利」と「小説」ふたつの趣味があったことが活動の原点

――そこからあえて中身のない「ない本」を作られるようになったのが不思議です。

能登さん:ない本が生まれた背景には、「小説」のほかにもうひとつ、「大喜利」というキーワードがあって。もともと大喜利が好きで、ラジオにもよく投稿をしていたんですよね。ネットで自分の企画を世に出した一番最初のきっかけは、「デイリーポータルZ」というwebメディアでやっていた「コネタ道場」という読者投稿コーナーです。中学生のときにちょうど周りでブログが流行り始め、自分のブログを始めていました。試しに「工作してこういうの作りました!」とブログの記事を送ったら、「入選まであと一歩」の作品として名前が載ったりしたんです。

――それは嬉しいですね!

能登さん:大人になってから「デイリーポータルZ」で記事を何本か書く機会をいただけたんですが、継続して書くにはまだ少し実力不足だったんです。ただ、またひとりでブログを書くのもなと思っていました。先ほどラジオで投稿していたと話しましたが、ラジオを通じて一緒に投稿する仲間たちがいたんですよね。そこで、その人たちに声かけて趣味やその人らしい視点を面白がるサイト「ひざかけちゃーはん」を作ることにしました。

――ふむふむ。みんなの視点を面白がるというのが大喜利っぽいです。

能登さん:誘った友人のひとりである宇野なずきさんは、短歌を詠んでいる方だったので「写真を集めて送るので、その写真で短歌を詠んでください」とお願いしたんです。その企画をやっているうち、自分でお題を出しておきながらすごく羨ましいなと思ったんですよね。

――楽しそうだな、と。

能登さん:そうです。何か自分もできないかなと考えてみました。小説は書けるけど、数千字の小説をブログ記事にぽん、と乗っけても、読まれないじゃないですか。「ひざかけちゃーはん」の読者の方はライトな読み物の記事を楽しんでくださっていて、小説とは違う読者なので。それであるとき、「小説じゃなくてもいいじゃん!」と気づいたんですよね。見た目だけあればいいんじゃないか、と。そのときこれまで書いてきた「小説」とひざかけちゃーはんの「大喜利」のふたつの要素が混ざって「ない本」の活動が生まれました。

――なるほど!ふたつの趣味の視点が混ざって生まれたアイデアだったのですね。「ひざかけちゃーはん」のようにみんなひとつの視点を面白がったり、「ない本」のような大喜利の楽しさは、どんなところにあると思いますか?

能登さん:小説はひとつのアイデアが思い浮かぶと、それをずっと大事に抱えてしまいます。でもあとで見返すと、大して良くないなと拍子抜けすることもあります。一方で大喜利ってテンポよく次から次へとアイデアを出していくものなので、自分のアイデアに固執しないでいいんですよね。それが小説とは違った面白さだなと思います。

――たしかに大喜利の場合は、その場の空気の中で出てくるのテンポの良さを楽しみますよね。

能登さん:あとは小説だと、温めたアイデアを元に一本出しても、自分の周りで読んでくれるのはせいぜい編集者の方や知り合いの一人二人くらいでした。大喜利の場合はたくさんの人が結果を待たずに採点してくれるので、わいわいしながら次のアイデアを出し合えるところがすごく楽しいです。

一枚の写真から、架空の文庫本の世界観を作り上げる

――そうして生まれた「ない本」もまた、Twitterで投稿された画像をもとに作られていますよね。表紙に選ばれている画像はどのような基準で選ばれていたのでしょうか?

実際に能登さんが作られた架空の「ない本」

能登さん:リプライ欄を開いてざっとみて、パッとインスピレーションが湧いたものを選んでいます。強いて言うなら奥行きというか前後というか。

――奥行き……?

能登さん:例えば道端にぬいぐるみが落ちているような写真です。誰かが落としてしまったのかな、と想像が膨らみますよね。前後を考えるとそのまま物語になりそうなもの、つまり「おや?」と引っかかりのあるものです。あとはレイアウトする時のデザインの観点で、ここにタイトルの文字置いたらちょっとかっこよくなりそうだな、とか。ちょっとでも引っかかりがあると作ってみよう、という感じでしたね。この写真選びも、まさに大喜利的な視点で選んでいます。

――本当に実在しないのか疑ってしまうくらい、実在する本に忠実な再現をされているなと感じます。「ない本」の世界観を成り立たせるためにどんな工夫をされてたんでしょうか?

能登さん:そんなに意識していたことはなかったですね。家にある本を見ながら文庫ってここに出版社の名前書いてあるんだな、とか改めて見てみたりして。実物を見て真似よう、というのが最初でしたね。

――言われてみれば、表紙以外のレイアウトを見てみると、出版社によって大体の配置が決まってますね。

能登さん:自分自身本が好きなので、よく手に取っている自分が違和感なければある程度クリアできているかなとは思いました。でも実のところ、デザインは当時始めたばかりだったんです。だから、ない本を作りながら「デザインってこうしなきゃいけないのか」と、ルールを理解していく感じでした。

実在しない「ない本」から、中身の読める「ある本」に

――「見た目だけあればいい」という視点から生まれたない本ですが、今年の3月には「ない本」の中身が読める『ない本、あります。』が出版されたんですよね。

能登さん:そうなんです。「ない本」は中身のない本なので実際には読めなかったのですが、『ない本、あります。』では実際に作った「ない本」の本文にあたるショートショートを全編書き下ろしています。

――「ない本」が「ある本」になったんですね!「小説じゃなくてもいい」という発想から生まれた「ない本」の中身を書くことになったのはどうしてでしょうか?

能登さん:3年前の年9月に今のTwitterのアカウントを開設したんですが、一週間で反響があり、通常50程度のリツイートが4万まで伸びていったんですね。その後も「ない本」を面白がってくださる方が増え続け、その後一週間も経たないうちに、突然「書籍化しませんか?」とご連絡をいただきました。

――小説を書かれていた時期を経て、待望の書籍化のお話ですね!

能登さん:連絡をくださったのは、小説でやりとりをしていた編集者とは別の方で、ちょっとイレギュラーな書籍化ではありましたけどね(笑)。新人賞からのデビューではなく、Twitterのアカウントがきっかけとなった出版だったので。

――形にされるまでのご苦労も多そうです。

能登さん:書籍化するにあたり、これまで作ってきた「ない本」を紹介するだけではなく「何か新しいもの作らないと」と思ったんですが、何も決まらない状態のまま1〜2年ずるずる経ってしまっていて。そしたら編集者の方から「小説を書けるんだったら、中身も書いてみませんか?」と提案をしてもらったんですよね。それで「ない本だけど、中身も書いてみます」と。

――『ない本、あります。』ではさまざまな年齢や性別の作家たちがショートショートを寄稿しているかたちになっていますよね。これを能登さんお一人でそれぞれの作者になりきって書かれてることにまず驚きました。

能登さん:たぶん自分で書くつもりだったら、あんなにいろんなジャンルにしたり、あらすじに「話題作!」とは書けなかったと思いますね(笑)。書くつもりのない無責任な状態だったからこそ好き勝手言えて、バラエティに富んだ設定ができたんじゃないかなと思います。全部ちゃんと作る前提で始めていたら、「ない本」の活動自体むしろ続いていなかったかもしれません。

たった4ヶ月の制作期間で生まれた、28本のショートショート

――先ほど「ない本」の中身を書き始めるまでに1〜2年ほど期間が空いていたとおっしゃっていましたが、あらすじや表紙まで書くことと、実際に本の中身を書くことはまた別物だったのではないかと思います。実際に書かれてみて、能登さんご自身にはどんな変化がありましたか?

能登さん:最初に「30本書いてください」と言われたときは「そんなに書くのは無理だな」と思いました(笑)。丸2年くらい何かやりましょうねと話していた時期があって、急に残りの3ヶ月で30本書くなんて無理ですよ、と。

――でも、書いたわけですね(笑)。

能登さん:そうですね、どうにか頑張って4ヶ月くらいで書き上げました。でもそのおかげで、今Twitterで送ってもらった写真から、「ない本」ではなく1,000文字のショートショートを書く企画をやってるんです。本を出す前は「3ヶ月で30本なんて無理」と言っていたのに、この企画をやり始めてからの8月と9月はほぼ毎日書いています。

――ということは、2ヶ月で60本近く……!

能登さん:それができるようになったのは、「書くことへのハードルが下がった」からなのかもしれません。当時無理だなと思っていた「ない本」の中身をつくることが、今ではちょっと頑張ればできると思えるようになったことがいちばん大きな変化ですね。今なら30本書いてくださいって言われてもいけるな、って思えるようになっています。

――執筆期間が4ヶ月というのにとても驚きました。今、日中は会社員として働かれているそうですが、執筆期間はどのように過ごされていたんでしょうか。

能登さん:朝8時から夜9時くらいまではフルタイムで働いています。当時はお店が夜中まで開いていたので、会社から家まで帰る途中でファミレスに立ち寄り、晩ごはんを食べつつ2~3時間書いて帰る、っていう生活でしたね。あとは土日にも書いていました。

大喜利のような楽しさは、息抜きの習慣である散歩の中の景色にも

――お仕事終わりや休日にずっと小説を書かれている能登さんが、どうやって息抜きや気分転換をされているのか気になります。

能登さん:そんなにストイックに生活しているわけでもないんですが(笑)、散歩ですかね。面白いものを見つけたらiPhoneで写真撮って、珍しいお店なんかがあると入ってみたりします。バナナジュース屋さんができてるな、とか。

――お散歩するとリフレッシュできますよね!例えばどんな写真を撮られるんですか?

能登さん:この門の写真は実際に散歩中に見つけて撮りました。

仰々しい門構えの横にはなぜか人が通れるくらいの隙間が

能登さん:散歩中にこういった写真を撮るのも、まさに大喜利と共通する面白さがあるからですね。門が立派なら立派なほど「なぜ?」という気持ちは大きくなります。この門はなかなかのものではないでしょうか。

――たしかにこの門は何のためにつけたのか気になります(笑)。普段から意識的にお散歩されているんですね。

能登さん:そうですね。仕事終わりはコワーキングスペースで作業しているんですが、職場から歩いて20分くらいのところなので、気持ちを切り替えるのにちょうどいい距離で。休みの日も家から少し遠いファミレスに行くようにしていますね。

――なるほど。息抜きで甘いものを食べられたりはしますか?

能登さん:おやつも好きなんですけど、ずーっと食べちゃうんですよね(笑)。一つ開けると、小分けになっているものであっても、全部食べるまで止まらないんですよ。作業するときにおやつを食べながら作業しようと思って置いておくんですが、全部食べ終わらないと作業が始められないんです。

――目の前にあると気になって食べちゃうのはとても分かります……!

能登さん:最近はそれが分かってきたので、もうそれでいいかなと。景気付けにおやつ食べて、10〜20分くらいおやつタイムを楽しんでから作業することにしています。おやつを食べて、コーヒー飲みながらゆったりと作業を進めていく、っていう憧れはあるんですけどね。実際はりすみたいにもぐもぐ食べてます。

――作業前におやつタイムをとられるのは、作品を作られている方ならではの過ごし方ですね。今回は素敵なお話をお聞かせいただきありがとうございました!

能登さん:こちらこそありがとうございました。おやつの短編が必要なときがあれば、ぜひ声をかけてください。

能登さんの「ない本」のご活動を知ったとき、「すごいことを淡々と日々続けている方がいる……!」と感激したのですが、運営されているwebサイト「ひざかけちゃーはん」を見てより衝撃を受けてしまいました。ただ生きているだけでちいさな楽しいことってたくさんあるよなあ、と気付かされます。

読めないもどかしさも含めて魅力的な「ない本」ですが、ぜひ興味を持たれた方は『ない本、あります。』も手にとってください。ミステリーから恋愛までさまざまなジャンルを楽しむことができるこの一冊。ショートショートごとに書体が変えられている細かなこだわりにもぐっときます。

今回お渡ししたおやつの中で能登さんいちばんのお気に入りは…… 手作りビスコッティ アーモンド&チョコでした!「普通のクッキーやビスケットよりも強めのザクザク感があり、とてもおいしかったです」とコメントもくださいました。

文=ひらいめぐみ 編集協力=西山武志


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